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『神話と宗教の解体神書 ファンタジーの元ネタ超解説』から『千と千尋の神隠し』の「振り向いちゃいけないよ」の元ネタ“冥界下り”を紹介。ラストで振り返ってはいけない…恐ろしい理由とは?

文:電撃オンライン

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 KADOKAWAから9月27日(金)に発売された『神話と宗教の解体神書 ファンタジーの元ネタ超解説』(著者:しんりゅう、監修:沖田瑞穂)。

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 「でも決して振り向いちゃいけないよ、トンネルを出るまではね」という『千と千尋の神隠し』の重要なセリフをご存じでしょうか。実はこの「振り向いちゃいけない」理由は、神話を紐解くことでわかります。

 これと同じく、現代で人気のアニメ・漫画・ゲームには、意外と神話の“元ネタ”が存在しています。そんな“元ネタ”を軸に世界の神話を解説する人気YouTubeチャンネル「しんりゅう / ファンタジー&神話研究所」の初著書『神話と宗教の解体神書 ファンタジーの元ネタ超解説』(KADOKAWA)より、『千と千尋の神隠し』の「振り向いちゃいけないよ」の元ネタを紹介。

 本記事は、しんりゅう著、沖田瑞穂監修『神話と宗教の解体神書 ファンタジーの元ネタ超解説』(KADOKAWA)の一部を再編集したものになります。

※あくまで考察であり、公式解答ではありませんので、ご了承ください。

振り返るのを我慢する千尋

 ジブリ映画『千と千尋の神隠し』では、物語ラストの重要な場面で、千尋がハクから「決して振り向いちゃいけないよ」と告げられます。千尋は一瞬、振り返ろうとしますが、我慢してトンネルを抜けていきます。このとき振り返ってしまっていたら、いったいどうなっていたのでしょうか?

 世界の神話には、このように「振り返ってはいけない」「見てはいけない」と忠告を受けるエピソードが数多く存在します。

 しかし「見てはいけない」と言われると、むしろ見たくなってしまうのが哀しき人の性──。忠告を受けた者は、必ずと言っていいほどその約束を守れず、タブー(禁忌)を犯してしまいます。昔話の『鶴の恩返し』でも老夫婦は襖を開けてしまいますし、『浦島太郎』でも浦島は玉手箱を開けてしまいますよね。千尋はよく我慢しました……。

 では、神話ではどのようなお話があるのか、見ていきましょう。

振り返ってしまう詩人オルフェウス

 さて、神話で“振り返ってしまった”のは、ギリシア神話の「オルフェウスの冥界下り」というお話です。

 吟遊詩人のオルフェウスは、毒蛇にかまれて亡くなった妻エウリュディケを生き返らせるべく、冥界へと降り立ちます。オルフェウスは冥界神ハデスに自慢の竪琴を聴かせて感動させ、妻の魂を連れ戻す許可をなんとか得ることに成功。

 しかし、ハデスは「決して振り返ってはならないぞ」とオルフェウスに告げます。嫌な予感……。オルフェウスは冥界から地上までエウリュディケを連れて歩きますが、地上に出る直前に妻がついてきているか不安になり、ついに振り返ってしまいます。その途端に妻は消えてしまうのでした。やっぱり忠告は守れなかった。

 となると、千尋がもしあの場面で振り返ってしまっていたら、元の世界には戻れなかったかもしませんね。

ギリシア神話から日本神話へ……壮大な伝言ゲーム?

 「オルフェウスの冥界下り」によく似たエピソードが、実は日本神話にもあります。

 日本列島をつくった日本最初の夫婦、イザナギとイザナミ。国を生んだ後は、山の神、家宅の神などを次々と生んでいくんですが……火の神を生む際に陰部に大火傷を負ってしまった妻イザナミは、そのまま命を落とてしまいます。愛する妻を失った夫イザナギは、死者たちが暮らす「黄泉(よみ)の国」に赴くことを決心しました。その目的は、妻イザナミを地上に連れ帰り、生き返らせること……。やっぱり嫌な予感。

 黄泉の国で、「どうか帰ってきてほしい」と懇願するイザナギの声を聞いたイザナミは、黄泉の神々に相談しに行くことにします。イザナミはこう言いました。「私が戻って来るまで、絶対に門を開けず、私の姿を見ないでください」と。イザナギは待ち続けましたが……イザナミはいつまで経っても帰って来ません。イザナギはついに我慢できなくなり、黄泉の国の御殿に入ってしまった時、そこにいたのは、身体中に蛆(うじ)が湧いた恐ろしい姿の妻でした。するとイザナミは、そんな〝恥ずかしい姿〞を見られたことに激怒。なんと夫を殺そうと軍勢を差し向けました。なんでそうなるの? イザナギは死に物狂いで逃走するのでした。

 イザナギもオルフェウスも、「妻を見ることの禁止」という約束を守ることができず、妻を連れ帰ることなく冥界から去っていく点が似ていますよね。

 神話学者の沖田瑞穂先生によれば、日本神話とギリシア神話の類似は偶然ではなく、ユーラシア内陸の騎馬遊牧民によって西から東に伝えられ、朝鮮半島を経由して、日本に伝来したものとされているそうです。世界規模の伝言ゲーム……精度良すぎない?

イザナギの冥界下りには、その他のタブーも

 イザナギが黄泉の国に着いた時、門越しのイザナミに向かって「一緒に来てくれ」と伝えるのですが、イザナミは「私もそうしたい。ですが、黄泉の物を食べてしまったので、もう帰れません」と答えます。これは、冥界の物を食べるとその住人になる「黄泉戸喫(よもつへぐい)」というルールです。

 『千と千尋の神隠し』では、冒頭で千尋の両親が食事をして豚になりますが、この「冥界のものを食べてはいけない。死者の一員になってしまうから」という黄泉戸喫に類するタブーを犯したからだと考えることができますね。

『ナウシカ』や『ラピュタ』にも神話の要素が!?

 宮崎駿監督の他の作品にも、神話の影響が見られます。

 例えば、『風の谷のナウシカ』漫画版1巻のあとがきの冒頭では、次のように書かれています。

 「ナウシカは、ギリシヤの叙事詩オデュッセイアに登場するパイアキアの王女の名前である。私はバーナード・エヴスリンの『ギリシア神話小事典』(社会思想社刊教養文庫、小林稔訳)で彼女を知ってから、すっかり魅せられてしまった」

 あくまでこのエヴスリンの小事典に3頁半で書かれたナウシカの描写に心惹かれ、「自分流のナウシカを描きたい」と思ったのが『風の谷のナウシカ』につながったそうです。

 他にも、『天空の城ラピュタ』のヒロイン「シータ」は、インドの大叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公の妻・シーターとの関わりがあるように思えます。『ラーマーヤナ』では、主人公の敵である羅刹王ラーヴァナは兵器としての機能を備えた空飛ぶ宮殿にいるんですが、これもラピュタと似ていますよね。実際、作中にはムスカ大佐が『ラーマーヤナ』に触れるセリフが登場します。

 神話は、このように創作意欲を刺激するモチーフがいっぱいなんです。神話を読んでいると、アニメや漫画、ゲームのシナリオを書きたくなってくるかも?

プロフィール

著者:しんりゅう@shinryu_myth
ファンタジー好きだった父の影響を受けて、ゲーム、漫画、小説など、様々なファンタジー作品に触れて育った一般男性。作品内に登場する用語の“元ネタ”を調べるうちに神話・宗教に興味を持ち、専門書を集めて学び始める。神話好きが高じて、2022年6月にYouTubeチャンネル
“しんりゅう / ファンタジー&神話研究所”を開設。“ファンタジー作品の元ネタ紹介”を軸に、神話用語を解説する動画を投稿している。2024年12月現在、チャンネル登録者は20万人。

監修:沖田 瑞穂(おきた みずほ)@amrtamanthana
1977年、兵庫県生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科日本語日本文学専攻博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。専門はインド神話、比較神話。著書に『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『マハーバーラタ入門―インド神話の世界』(勉誠出版)、『世界の神話』(岩波ジュニア新書)、『怖い女』『怖い家』(以上、原書房)、『災禍の神話学』(河出書房新社)など多数。

書誌情報

書名:神話と宗教の解体神書 ファンタジーの元ネタ超解説
著者:しんりゅう
監修:沖田瑞穂
定価:2,090円(税込)
発売日:2024年9月27日(金)
判型:A5判
ページ数:248ページ 
ISBN:978-4-04-606715-9  
発行:株式会社KADOKAWA

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