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勇者じゃなく盗人で、聖剣じゃなくて魔剣。『勇者からは逃げられない』が“異色すぎてクセになる”理由~そして読者は裏切られる(ネタバレあり感想)

文:旭はるの

公開日時:

 カクヨムネクストで連載され、角川スニーカー文庫より第1巻が10月31日に発売された『勇者からは逃げられない』(著:富士田 けやき/ イラスト:toi8)。

 文庫版はカクヨム版とは展開が異なると聞き、早速筆者は読んでみることにした。

 今回はネタバレを含む感想をお届けするので、未読の方は注意してほしい。

 ※この記事には『勇者からは逃げられない』1巻のネタバレが含まれています。
 ※書籍版とカクヨムネクスト版は設定の違いがあり、ストーリーが分岐していきます。

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勇者の定義がぶっ壊れ、「逃げたい」を肯定される気持ちよさ【勇者からは逃げられないレビュー】


 「読み終わったあと、勇者の定義がぶっ壊れた。」

 それが筆者が『勇者からは逃げられない』を閉じた瞬間に出た感想だった。

 聖剣を引き抜いた者が勇者となって世界を救う──そんなテンプレ展開を想像していたのだ。

 だが違う。主人公は盗人で、前科者。さらにはオツトメ後ときている。

 名前はソロ。ひとりぼっちだからなのか、言いやすいからなのか。名前の由来は特に語られていない。

 相棒となるのは聖剣ではなく、実は魔剣。名をセイン・トロール、通称トロ助という。
“セイント”ではなく“トロール”の時点でお察しの通り、聖どころか魔なのだ。

 そんな二人が出会った理由は、「逃げたい」という共通項があったからだと思う。

 誰だって思ったことがある──宿題から、締切から、責任から、現実から「逃げたい」と。筆者だって今、この原稿の締め切りから逃げたいのだ!

 そして、人は逃げられずに立ち向かう……と言えば聞こえはいいが、結局は「逃げちゃダメだ!」と自分に言い聞かせる日々を過ごしている。

 しかし、この物語のすごいところは
「逃げたい」を否定しないところだ。誰もが、ソロであり、トロ助なのである。それは“生きる物語”につながるとも言える。

 逃げることは後悔をともないながらも、生きるための選択肢として丁寧に描かれている。

 盗人ソロと魔剣トロ助の“逃げ腰”がどこまでも人間くさくて、妙に心を掴まれるのは筆者だけではないだろう。

そして読者は裏切られる【勇者からは逃げられないレビュー】


 敵は魔王軍だけではない。むしろ、正義の象徴である王国の騎士たちもソロにとって敵のような存在だ。

 初手で戦うのが、筋骨隆々の王国騎士・シュッツ。そして、物語の鍵を握るヒロイン──王女ルーナ。

 ルーナの美しい扉絵や描写が出てきた瞬間、誰もが「これはヒロインだ」と確信するだろう。ソロとルーナが惹かれ合い、共に成長していく物語になる──そう信じて読み進めるはずだ。

 だが、この作品はそんな甘い希望を一瞬で粉々にしてくる。

 「彼を守り、安全な場所へ連れ出しなさい」と言うルーナは勇者そのもの。
 
 幾度となくテンプレ化されてきた「私に構わず先に行け!」的なシーンのようで、まったく違う展開が待っている。

 序盤でヒロインが、まさか……!? いやいや、待ってくれ。嘘だろ? ルーナの安否が気になりすぎて、ページをめくる手が止まらない。

 主人公であるソロが助ける側じゃないのかよ!

 王道のフォーマットを完璧に理解したうえで、それを破壊してくる構成。富士田けやき氏の筆致には、確かな裏切り(=センス)がある。

すぐに地獄が始まった【勇者からは逃げられないレビュー】


 パーティは大きな転機を迎え、旅路の雰囲気は一気に華を失っていく。

 ソロが「おっさん」と呼ぶシュッツと共に進んでいく道中は、どこか静かな寂しさが漂う。

 まあ、シュッツは常識人で頼りになる“旅の良心”なんだけどね!

 愛娘を連れ帰らなかったソロたちに激怒したアンドレア国王は、シュッツを解雇・追放。そんな中、新たなキャラクターがパーティーに加わる。

 待ちに待った女子──ルーナの腹違いの妹、ソアレだ。
 
 ルーナとは真逆で、彼女はツン成分が多め。文庫版ではわずかにデレ成分も感じられるが、カクヨム版ではツンツン美少女の印象が強い。

 彼女はプライドの塊のような姫で、ソロに対して敵意むき出し。これはソロにも原因があるのだが……それはぜひ本編で確認してほしい。

 鮮烈な姫が加入したあとは、ソロの幼馴染であり暴力シスター・ヴァイスも加わる。ガタイが良く、タバコも酒も嗜むという、たくましい系ヒロインだ。

 ヴァイスを通じてソロの過去も垣間見えるのが面白い。文庫版とカクヨム版で彼女の加入時期が違うのも必読ポイント。

 特に小説版では、彼女の師・マイカとの関係がわかりやすく描かれており、より深みを感じられる。

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盗人、魔剣、おっさん騎士、姫、暴力シスター。

 なんとなくバランスが取れてきたパーティーにほっこりしていたのも束の間、すぐに地獄が始まった。

“逃げたい者同士”の関係性が、どこまでもエモい【勇者からは逃げられないレビュー】


 仲間が揃った瞬間、「やっとパーティーが完成した!」と筆者は思った。だが、またもや希望は裏切られる。

 物語は仲間を増やすのではなく、奪っていく。容赦なく、無慈悲に、次々とパーティーの仲間たちが消えていくのだ。

 ソロは盗人であって勇者ではない。だが、ひりつくような現実を前に、勇者でも折れてしまうような試練を受け止めていく。

 読みながら、何度も心が折れそうになったが、主人公が折れていないので、筆者もなんとか踏みとどまった。

 おそらくトロ助の存在が大きいのだろう。

 トロ助は皮肉屋で、軽口ばかり叩くが、なんとなく見守ってくれている感がある。“逃げたい者同士”の関係性が、どこまでもエモい。

 気づけば筆者もまた、ソロと一緒に“逃げたい気持ちを抱えつつも前へ進む”感覚に包まれていた。

 旅の良心・シュッツが倒れ、ヴァイスが消え、ソアレまで。人間界が崩れていく絶望の中で、とうとうソロとトロ助が覚醒することになる。

 もっと楽に、ずるく、生き延びるつもりだった二人には、きっとたくさんの計算外があったのだろう。

 
何をもって勇者と言うのか。そんな概念的なところから再構築されている印象もあった。

 絶望の中でどう生きるのか、戦うのか、逃げるのか。

 ぜひソロの立場で読み進めてほしい。

まとめ:“逃げる”ことを肯定する、すべての人への物語【勇者からは逃げられないレビュー】


 『勇者からは逃げられない』──このタイトルは、きっと呪いじゃない。誰もが、自分の中の“勇者”からは逃げられないのかもしれない。

 勇者の旅はまだ始まったばかりなのか、はたまた終わりの始まりなのか。最後まで見届けたいと思う。

 コミカライズ版の計画も進行中とのことなので、今後の展開にも乞うご期待!

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