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異色の話題作『勇者からは逃げられない』インタビュー。RPGあるあるにアンサーする「最初から魔王本気出せよ」への挑戦や勇者像、逃げることの肯定、今後の物語分岐など

文:旭はるの

公開日時:

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 10月31日に第1巻が角川スニーカー文庫から発売された小説『勇者からは逃げられない』。

 カクヨムネクストでの連載でも人気を集め、“書籍版とWeb版で結末が分岐する”ことでも話題になっている、新進気鋭のファンタジー作品です。

 本作の主人公は“勇者”ではなく“盗人”。

 しかも彼が手にする武器は“聖剣”ではなく“魔剣”。

 この時点で「王道RPGじゃ終わらないのでは!?」と感じさせてくれるのが、本作の大きな魅力です。

 今回は、その『勇者からは逃げられない』の魅力と創作の舞台裏を探るべく、作者である富士田けやき先生にインタビューを実施。

 “逃げたい”という感情の扱い、強い個性(フィジカル的にもメンタル的にも)を持つ女性キャラクターたち、そして文庫版とカクヨム版で分岐する未来――さまざまなテーマについてお話をうかがいました。

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※この記事には『勇者からは逃げられない』のネタバレが含まれています。
※書籍版とカクヨムネクスト版は設定の違いがあり、ストーリーが分岐していきます。

 なお、11月28日より『勇者からは逃げられない』の漫画連載がスタートしました。

勇者とは職業ではなく“勲章”。富士田けやきが語る、新しい勇者像


――作品タイトル『勇者からは逃げられない』はどのように決まったのでしょうか?

富士田
実はこのタイトル、僕の持ち込みではなくて、担当編集さんが原稿の一節から拾い上げてくださったものなんです。

 カクヨムネクストの連載も、最初は『嘘から出た真 ~ぬすっと勇者とおしゃべり聖剣の珍道中~』というタイトルで始めて、それはそれで作品には合っていたんですが……読者に届く“キャッチーさ”という意味では少し弱いかなと感じていました。

 そんななかで、担当編集さんが原稿中の一文から『勇者からは逃げられない』というフレーズを見つけてくださって、「これ、タイトルにどうですか?」と提案してくださったんです。

 その瞬間に「あ、これだな」としっくり来て、書籍化のタイミングで正式に採用させていただきました。カクヨムネクスト版が100話近く進んだ頃だったと思います。

――“勇者”という言葉を扱ううえで、先生が最初に抱いたイメージはどのようなものでしょうか?

富士田
日本のRPGにおける“勇者”って、万能型のロールとして描かれていることが多いと思います。誰もが思い浮かべやすいイメージは『ドラゴンクエスト』などに登場する、万能型で何でもそつなくこなす主人公ではないでしょうか。

 とはいえ、万能ではあってもその道を極めた専門職には劣る部分も多い。

 じゃあ、なぜ物語の中心に立つのかというと、能力よりも心根や選択が重要だからなんですよね。立場や環境、行動の積み重ねの結果として“勇者”と呼ばれるようになる。

 その結果、大きなことを成し遂げる存在だと僕は思っています。

――武器を“聖剣”ではなく“魔剣”にし、主人公を“盗人”にした理由を教えてください。

富士田
これはもう、企画段階からの逆張り精神です(笑)。

 “選ばれし者が聖剣を抜いて魔王を倒す”という古き良き展開はもちろん大好きなんですけど、今の時代に同じものをやるより、あえて外したほうが面白いんじゃないか? と。

 とくに“能力には代償がある”というテーマを入れたかったので、聖剣よりも魔剣のほうが物語的にも面白くできそうだったんです。

 つまり、盗人は逆張りで、魔剣に関しては物語の都合という感じですね。

――富士田先生ご自身にとって、“勇者”とはどんな存在でしょう?

富士田
さきほどもお話ししたように、“勇者”はロールやジョブといった職業的なものではないと思っています。

 “いろいろな経験や行動を積み重ねた結果”として呼ばれるもの。

 だから、物語の最初から“勇者”と呼ばれるのは、個人的には少し違和感があるんです。

 “勇者”という職業を作るつもりもなくて、むしろこの物語を通じて、勇気を持って大きなことを成し遂げた人に与えられる勲章のような言葉として扱いたい。

 僕自身も、“勇者”とはそういう称号なんだと考えています。

「逃げる」は毒にも薬にもなる──作者自身の経験が育てたテーマとは?


――先生の中で「逃げる」「逃げたい」という感情は、どんな位置づけにありますか?

富士田
僕の感覚では、「逃げる」という行為は毒にも薬にもなるものだと思っています。

 もちろん、仕事や勉強など“踏ん張るべき場面”で逃げ続けてしまうと、成長の機会を失ってしまう。そういう意味では毒になりますよね。

 でも一方で、「逃げたい」という気持ちが前向きに働く場面もあります。

 僕自身、学生の頃はうまくいかないことばかりで、勉強もスポーツも得意ではなくて、「自分は何もない」と思い詰めていた時期がありました。

 今考えると、そこまで自分が極端に能力が低いというわけじゃなかったと思います、でも、子どものころは他人をあまり気にせず生きているというか、ある種の万能感みたいなものがありますが、一定の年齢になるとシビアな現実が見えてくるといいますか、他人と比べての無力感を受ける時期があると思うんですよね。

 そんなとき、特別な主人公たちが活躍するフィクションに全力で逃げ込んでいました。1日にライトノベルを3冊読むこともあって、ほとんど活字中毒みたいな状態でしたね。

 ただ、あの時“逃げた先”で得たものが、間違いなく今の自分に繋がっている。逃げることが薬になる場合もあるんです。

 だから僕の結論は、逃げることは使い方次第で、毒にも薬にもなるということですね。

――ソロの「逃げたい」という衝動を描く際、特に意識した人間的な弱さ・現実感はありますか?

富士田
僕自身、逃げたことで救われた経験があるので、「逃げたい」という気持ちをネガティブにだけ扱いたくはないんです。作中でも、逃げることのポジティブな側面をきちんと描きたいと思っています。

 もちろん、逃げた結果のマイナス面もゼロではないので、そこはフェアに表現しつつ……できる限り“前向きな逃げ方”を描いていきたい。僕の経験則も踏まえて、逃げたことで開ける道をちゃんと物語の中で示したいんです。

 実際、現在の展開でも、ソロは逃げた先で状況がいい方向に動いていますしね。もちろん「最後の戦いまで逃げるのはどうなんだ」という部分はありますが(笑)、基本的にはネガティブに書きすぎず、逃げることの良い面を前に出していきたいと思っています。

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「守られるだけのヒロインは魅力的じゃない」──ルーナ、ソアレ、ヴァイスが生まれた理由


――本作の女性キャラクターはいずれも“守られる存在”ではありません。その造形の狙いを教えてください。

富士田
シンプルにいうと、“守られるだけのヒロイン”って今の時代あまり魅力的じゃないと思うんです。昔から僕が惹かれていたのは、主人公と一緒に動いてくれたり、相談に乗ってくれたりする言わば“負けヒロイン”寄りの子たちでした。

 そういうキャラクターのほうが人気も出やすいですし、僕自身も“守られてばかり”の子にはあまり魅力を感じません。だから自然と、そういうタイプは自分の作品に登場しなくなっていきました。

――姫であり戦士であり、ある意味で勇者にもっとも近い存在ともいえるルーナの序盤での展開には、多くの読者が衝撃を受けました。先生の中でルーナとはどんな存在ですか?

富士田
僕はキャラクターに対してややドライな部分があって……ルーナは特に、当初は“ギミックとしての役割”が強いキャラでしたね。

 ソロを戦場へ向かわせる理由づけでもあり、ソアレが抱える劣等感や自己評価の低さを作る起点でもある。物語全体の方向性やキャラクターの軸を決める“バランス調整役”といいますか。

 その後の展開で“導く側”に回り、登場人物それぞれの進むべき道を示してくれる――羅針盤のような存在。作品を書き進める中で、どんどんと大切なキャラクターになっていきました。

 ちなみに文庫版とカクヨム版では、そのルーナの扱いにも違いを出したいと思っています。もう少し比重を変えてみたり、物語に深く関わらせてみたり……そんなことも考えています。

――ルーナの妹であるソアレはプライドが高いお姫様ですが、どんなバランスを意識して生まれたキャラクターでしょう?

富士田
最初は“ルーナの対照”になれるように考えていました。ただ、プライドが高いだけだと鼻につくキャラクターになりがちなので、姉への劣等感や違った才能を持たせました。

 正反対のようでいて、ソロにとって“この子も特別だ”と思わせられる。そういうバランスを意識して作っています。

 書くうえでは自由度がめちゃくちゃ高いキャラで、「何させてもいいかな」と思えるくらい動かしやすいんです。その反面、自由すぎて難しくなる瞬間もあるんですが……(笑)。でもやっぱり書いていて楽しいキャラクターですね。

――ソロのおさななじみであり、破戒的な脳筋シスターでもあるヴァイスは、本作でもひときわ異彩を放つフィジカル系キャラです。彼女を通して描きたかったものは?

富士田
単純に、僕がフィジカル系キャラが大好きなんですよ(笑)。そもそも「身体を鍛えていないと強くなれないだろう」という考えが根っこにあって、僕自身も筋トレが好きなんです。だから“強いキャラ”を作るときは、自然とフィジカル寄りになってしまうところがあります。

 ルーナやソアレは“物語上出すべきキャラ”でしたが、ヴァイスは完全に“出したいキャラ”。“シスターなのに十字架で殴る”、“ソロより体格が大きい”といったギャップの塊が浮かんだ瞬間、「これは絶対おもしろい」と思って登場させました。

 ただ、フィジカル系って小説だと描くのが難しくて……漫画みたいにアクションの見せ方が豊富じゃないので、どうしても一本調子になりがちなんです。今までちゃんと機能させられた例が少ないんですが、それでも好きだから入れたら、今回は意外とうまく馴染んでくれました。

 結果的に“怪我の功名”なんですけど、作品に良いスパイスを加えてくれたかなと思います。

ソロはなぜ“1人”なのか? 名前の意味と、トロ助との絆が生む物語の軸


――ソロというキャラクターはどんな発想から生まれましたか? 名前の由来にも意味がありますか?

富士田
名前の由来はそのまま、“ソロプレイ”のソロです。勇者といえば仲間と一緒に冒険するのが王道ですが、そこを逆転させたくて。物語の途中でもソロは再び1人になるんですが、厳密にはトロ助もいるので“2人ぼっち”なんですけど(笑)。

 ただ、そのままだと“孤独のまま終わる物語”になってしまう。最終的には名前に反して“1人じゃなくなる場所”へたどり着かせたくて、あえてこの名前にしました。裏返しの意味ですね。

――カクヨム版で比較的最近明かされた設定も含めて、ソロの複雑な生い立ちは最初から構想にあったのでしょうか?

富士田
いえ、最初は全く考えていませんでした。“妹分のような存在を失った”という点だけ決めていて、複雑な生い立ちなどの設定は後から追加しています。

 主人公の成長スピードに説得力を持たせるには、一般家庭出身で“才能だけで急に伸びる”のは難しいかなと思いまして。ただ、「お母さんに拾われて生き延びた」という話は自然と浮かんだもので、自分でも気に入っている部分です。

――キャラクターデザインについて、オーダーや調整はありましたか?

富士田
設定や外見は僕からtoi8先生にお渡ししているんですが……toi8先生はとにかくすごいんですよ。こちらのイメージ以上のものを描いてくださるので、「こうしてください」と言う必要がなくて。

 むしろ、イメージを上回られてしまうから、「自分の考えを直さなきゃ」と思うくらいです(笑)。

 硬めのタッチがお得意な印象があったんですが、ソアレの砕けた表情や繊細なニュアンスも描き分けられていて、「こんなこともできるんだ」と驚かされっぱなしです。

 toi8先生のイラストから刺激をもらうことが本当に多くて、「この表情なら、こういう話も書けるな」と物語が広がる瞬間もありますね。

RPGの“あるある”に回答する「最初から魔王本気出せよ」への挑戦


――“希望を作って壊す”という物語構造が印象的です。これは意図的に設計されていますか?

富士田
物語の流れって、基本的には右肩上がりで進んでいくべきだと思っているんですけど、その中にも “落として、上げる” という波がないと、盛り上がりの質が弱くなってしまうんですよね。感情の起伏が生まれないと、上がったときのカタルシスが薄くなるというか。これは多分、物語の一般的な技術でもあると思います。

 それに加えて、僕の中ではもうひとつ意識した部分があって。RPGでよく言われる 「最初から魔王本気出せよ」 という“あるある”への、僕なりのアンサーなんです。

 「じゃあ本気を出したらどうなるのか?」――「本気を出されると、こういう地獄が起きるんだよ」という形で描いてみたかったんです。そういう意味でも、RPGあるあるに対するひとつの回答として、この構造を取り入れています。

――女神クレエという創造神の存在は、先生ご自身の立場と通じる部分がありますか?

富士田
確かに、“物語世界の創造神”と“その作品を書く作家”って、立場としては似ていますよね。

 ただ、僕自身は全部をコントロールするのが苦手で……ゲーム、特にシミュレーションゲームとかも、細かく全部管理するのってすごく大変じゃないですか(笑)。神様も神様で大変なんだろうなと思います。

 でもクレエは、ふざけているように見えつつ、実はとても理想的な神様像を体現しているキャラクターなんです。最初の印象とは少し違う一面が、後の展開で自然と見えてくるというか……。

 表面的には軽いのに、必要な場面では “ちゃんとした神様” をやってくれている。読み進めていくと、そこで改めて「あれ、クレエって実はすごく神様らしいんだな」と感じてもらえると思います。

「描きたい未来はもう見えている」今後の物語へのメッセージ


――文庫版で“未来が分岐する”物語にしようと思った理由を教えてください。

富士田
文庫版は、すでにWeb連載を追ってくださっている方が“さらに手に取る”形になるので、単なる再編集ではなく、ちゃんと“新しい価値”を提供したいと思ったのが最初の理由です。

 作品としても、ちょうど物語を分岐させても破綻しないポイントに差し掛かっていたので、「今なら綺麗に別の未来を描ける」と判断できました。

――カクヨム版と文庫版では、どんな違いが出てくるのでしょう?

富士田
物語が分かれていく“起点”が、主人公ではなく別のキャラクター側にある、という点が大きな違いです。

 Web版では控えめだった人物の選択や心の変化が、文庫版では少しずつ存在感を増していき、その歩みが物語の流れを変えていく──そんな構図になっています。例えば文庫版1巻でいえば、意図的に魔王側の描写を増やしています。

 それぞれのルートは、最終的に“目指す先は同じでも、辿る物語がまったく異なる”ものになる予定です。Web版を読んでくださっている方でも、「この展開は読めなかった!」と思っていただけるような、もうひとつの結末を提示したいと考えています。

 “同じテーマを持ちながらも、辿る未来が異なる物語”。文庫版で提示するのは、そんな“もうひとつの行き着く先”です。

――ソロとトロ助の関係も、分岐に影響するのでしょうか?

富士田
ソロとトロ助は、どちらも“1人になった理由”を持つ似た者同士なんです。“1人と1本”という奇妙でしっくりくる相棒関係で、ソロの心を映す鏡のような存在にもしています。

 2人は“1人でいがちな性格”なんですが、一緒にいることで初めて“1人ではない選択”ができる。そんな関係性ですね。

 文庫版とWeb版では、ソロとトロ助が辿る“絆の結末”にも違いが出るようにする予定です。テーマは同じ。でも、選び取る未来によって“関係の落ち着き先”が変わる──そんな対比を楽しんでもらえたら嬉しいです。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

富士田
どこまで続けられるかはまだ分かりませんが、自分の中では“描きたい未来”がはっきり見えています。

 これからも、面白いと思っていただける物語をお届けしていきたいので、末長くお付き合いいただけると嬉しいです。

文庫版・カクヨム版──2つの未来が分岐する『勇者からは逃げられない』


 “勇者=王道ヒーロー”というイメージをあえてひっくり返し、盗人の青年・ソロを主人公に据えた本作は、「逃げる」という行為に込められたポジティブな側面が軸にあります。

 富士田先生自身の経験も重なり、物語の中には“逃避”が新しい選択を開く瞬間が何度も描かれています。

 文庫版とカクヨム版で異なるエンディングを用意したのも、「買ってくれる読者に、ちゃんと新しい価値を届けたい」という思いから。魔王の立ち回りや心の在り方の変化によって、2つのルートが分岐していく構造は、今後さらに物語の深みへつながりそうです。

 さらに、本作を語るうえで欠かせないのが個性豊かな女性キャラクターたち。“出したいから出した”と語るヴァイスや、動かすだけでシーンが生き生きするソアレなど、それぞれが違う熱量で物語に存在感を放っています。「守られるだけのヒロインにはしたくない」という富士田先生の姿勢が、そのままキャラクターの魅力へ結びついていると言えるでしょう。

 ソロが選ぶ未来と、魔王が選ぶ未来。その交差点が、文庫版とカクヨム版でどう変わっていくのか。ぜひ、あなた自身の“推しのルート”を見つけてみてください。

 『勇者からは逃げられない』文庫版第1巻は現在発売中です! カクヨム版はすでに文庫版数冊分以上が書かれているので、文庫版を読んで好きになった方は、そちらでソロたちの物語をたっぷりと楽しむこともおすすめします! 魅力的でクセ強なキャラクター(特に女性キャラ)が、まだまだたくさん登場してきますよ!

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