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ポストアポカリプスものが好きな人に読んでほしい小説『崩壊世界の魔法杖職人』が9月25日発売。ライター・太田祥暉氏による本作の魅力を紐解くレビューも掲載

文:電撃オンライン

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 9月25日にMF文庫J『崩壊世界の魔法杖職人』が発売されます。本作の魅力を紹介する、ライターの太田祥暉氏によるレビューをお届けします。

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 『崩壊世界の魔法杖職人』(著者:黒留ハガネ、イラスト:かやはら)は、2025年9月25日に発売したMF文庫Jが贈る新文芸単行本です。本作は、“小説家になろう”年間ロ―ファンタジーランキング1位の話題作で、発売前のクラウドファンディングでも達成率1,000%を超えるなど、読者からの期待も高い作品として注目を集めています。

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『崩壊世界の魔法杖職人』あらすじ

 大利賢師は器用さだけで生きてきた男だ。それは文明が崩壊しても変わらない。

 ある日地球に降り注いだ魔法の隕石群は、地球から全ての電気を奪った。電気に支えられていた高度な社会はたちまち崩壊。未曾有の大混乱が起きる世界を尻目に、大利は独りのんびりと隕石の一つを削り出し魔法の杖を作り上げた。

 ――そう、人類は電気を失ったが、代わりに魔法を手に入れたのだ。

 そして大利は知らなかった。電子機器が使えなくなった崩壊世界で、精密機械並の工作ができる自分の器用さが世界を救う力になることを。

 西に人間不信の魔女がいれば、器用さで閉ざされた心を開き。東に命懸けで世界を救う研究をする可愛いオコジョがいれば、器用さで助けてやり。ガラクタだって魔法の杖に加工できる。

 なぜなら器用だから。

 これは、崩壊世界で繰り広げられる魔女や魔法使いの英雄譚――ではない。

 コミュ障で奥多摩に引きこもったド器用な青年が魔法杖職人となり、東京の片隅から全世界を揺るがしていく、生涯の記録。

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ライター・太田祥暉氏による『崩壊世界の魔法杖職人』レビュー

 もし隕石が突然落ちてきて、自分を含む数少ない人間だけが生き残ったら――なんて妄想は誰しもしたことがあるだろう。数少ない人類しか生き残らない展開になるのは、大地震でも宇宙人による大量虐殺でもなんでも良い。要はこの現代社会が突然文明の失われた世界になってしまったけれど、どこか現代社会とは地続きである……という世界に憧れた、という経験は誰しもあるはずだ。そうしてその世界で、知識や能力を駆使して活躍していくなんて展開も夢のひとつとして描きたいものである。

 そんな荒廃後の世界を描いたジャンルがポストアポカリプスものである。数千年前ないし数百年前から描かれ続けたSFの一大ジャンルであるが、『北斗の拳』や『マッドマックス』など冷戦期に生まれた多くの作品を経て、現在でもなお『終末ツーリング』や『がっこうぐらし!』、『少女終末旅行』などさまざまな作品が生まれている。

 本作『崩壊世界の魔法杖職人』もその中の一つ。ある日いきなり魔法の隕石群が地球に降り注ぎ、インフラが崩壊。現代社会は突然魔法を駆使することで生き残れる新たな社会へと変貌してしまう。そんな中でものんびりと奥多摩で暮らしていた手先の器用な男・大利賢師は、隕石から作った魔法杖を介して、どんどん魔法使いの少女たちと出会い、世界を揺るがしていく……というのが本作の軸だ。

 先ほど何作かポストアポカリプスものを例示したが、その要となるのは、ただ荒廃した世界を描写するだけではなく、そこに何を絡めるか、である。例えば『北斗の拳』や『マッドマックス』は崩壊後の世界観に合致するバトルアクションであった。それが現代では、美少女のツーリングであったり、美少女とゾンビの対決であったり、美少女が戦車で旅をするものであったりして、潮流が変わっている印象がある。

 そんな中本作では、ものづくりが軸の一つとなっている。主人公は人間嫌いで、奥多摩の人里離れた場所に住んでいる青年。そんな彼は世界が緩やかに滅亡したことにすら気付かず、ただただアイテム(当初はネットオークション用にアニメの武器などをモチーフとしたもの)をクラフトしていた。しかし、近くに隕石が落ちてきたことをきっかけに、魔法杖をクラフト。そこからはどんどんと元モデルでクールビューティーな印象を放つ青の魔女を始め、魔法の暴発によりオコジョになってしまった少女・大日向慧など、人間嫌いでありながら人間たちと交流をしていくこととなる。荒廃した世界になったからこそ、強大な魔法道具を唯一クラフトできる大利の能力は人類が生きるための強い手段となっており、だからこそ重宝されていく。ただものづくりものをポストアポカリプスものに加えているわけではなく、展開に必然性があるのも本作ならではの魅力だろう。

 必然性でいえば、描写の細やかさにも触れておきたい。本作では、魔法発動の際に呪文を唱えるのだが、杖を持ったら自然と唱えられる訳ではなく、独自の言語を学ぶ必要がある。そしてその言語の法則性の解明のために、多くの先人たちが犠牲となっていた……という描写がある。例えるなら、『フグの肝を食べられるようになるまでに多くの犠牲があった』みたいな話で、凄まじいリアリティを感じる設定だ。そこにファンタジー的な魔法のロジックが融合することで、既存のポストアポカリプスものライトノベルにはない、新鮮な読書体験となっているのだ。

 そんな本作を私は、ポストアポカリプスの殺伐さに疲れた読者や、クラフト要素や「生活感のあるファンタジー」を好む人に特におすすめしたい。『崩壊世界の魔法杖職人』は、荒廃した未来を舞台にしながらも、人がものを作り続けることの意義と、そこから生まれる希望を描き出した作品なのである。

 ……余談ではあるが、私は本作のイラストレーター・かやはら氏に編集した書籍のイラストをお願いしたことがある。その際には、かやはら氏といえばエッジの効いた少女イラストの印象があり、その方向性でオーダーをしていたので(そしてマッチするイラストを仕上げてくださった)、本作のイラストを氏が担当すると伺って男性キャラをどのように描くのか楽しみでならなかった。敢えてここで申し上げると、どのキャラクターも素晴らしい。特に吸血の魔法使いのイラストといったら……。そのデザインやモノクロながら鮮やかな挿画、も、ぜひ書籍版でご確認いただきたい。なんなら本作は、かやはら氏や著者・黒留ハガネ氏による設定集が掲載された小冊子付き特装版も発売される。こちらも必読の一冊だ。

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