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偉大なるプラットフォーマーたちの戦い。岩田聡、久夛良木健、スティーブ・ジョブズの立ち回りを見る【佐藤辰男の連載コラム:おもちゃとゲームの100年史】

文:佐藤辰男

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連載コラム“おもちゃとゲームの100年史 創業者たちのエウレカと創業の地と時の謎”第46回

8-3 プラットフォーマーたちの戦い

 いち私企業がデファクトスタンダードを握りプラットフォームを提供し、製造費・ロイヤルティーを徴収するというビジネスモデルを確立したのは、ファミコンが最初で、その後もその覇権争いは続いた。少しくどくなるが、プラットフォーマーとしての戦いとして、任天堂の岩田聡、ソニー・コンピュータエンタテインメントの久夛良木健、そしてAppleのスティーブ・ジョブズに登場願い、その戦いの時代的意義を振り返りたい。

 
第45回で、Wii発売直後に当時の任天堂社長・岩田聡が記者会見で語った言葉を掲載した。彼がそう発言した背景となるような話が、『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』(株式会社ほぼ日、2019年)に掲載されている。本書は、任天堂の山内溥の後継社長だった岩田聡の言行録のような本だ。生前親しかった糸井重里が、岩田への追悼の思いを込めた本となっている。岩田は2015年に、胆管腫瘍が原因で55歳の若さで亡くなった

 “岩田さんの目指すゲーム”という章に、Wiiの開発思想が記されている。かいつまむと、デジタル放送の開始(2003年以降段階的に開始された)を契機に大画面のフラットなテレビが登場し、“大きなテレビがリビングにひとつ”という時代に合わせてWiiは開発された。つまり大画面の前で、みんなが身体を動かしたりワイワイ遊ぶことができるようにと。

 「見たい番組がとくになくてもみんながテレビの電源を入れるのはなぜかというと、家に帰ったときに、とりあえず手元にあるリモコンでスイッチを入れたら、なにかがいつも起っていて・・・そういったことがベースにあって、こんなに世の中で普及している・・・。そういうふうにゲーム機が日常的に電源を入れられる存在になることが、いちばんたのしみなことです。」

 そういう考えからWiiのコントローラの正式名称をリモコンにしようと岩田が強く主張した、というエピソードも紹介されている。

 そしてテレビゲームの歴史を振り返り、

 「こう言うと身も蓋もないですけど、かつては『ドラクエ』と新しい『マリオ』が出たときだけ押し入れから出てきて、ふだんはテレビにつながれもせずにしまわれてる、っていう遊ばれ方をしてきた時期もあるんですから、それを、まずはつないでおいてもらうように・・・」

 それがWiiの思想で、日常にゲーム機が溶け込んでいる姿を理想とした。これこそ何千万人、億単位のユーザーを相手にしようとするプラットフォーマーの思考回路だと思う。

 当書には、岩田が行動経済学の本をたくさん読んでいて、宮本茂も読むよう薦められたとある。人間の消費行動というものを心理学的な分析を踏まえ解析する視点を、岩田は持っていたのだろう。

 任天堂は、むかしから人と同じことをするのを嫌がる会社だった。かるた、トランプ、光線銃などを作りながらおもちゃ業界から距離を置いた。おもちゃ業界を、ブーム商品に振り回される中小企業の団体のように見なしていた。業界という既存の概念を嫌い、常に「いままでと同じことをするな」と、山内溥は社員に説いたという。

 岩田が山内を継いで社長に就任した時期(2002年)は、NINTENDO64の不振でライバルに水を開けられた時代で、相当の危機意識を抱いていたはずだ。その危機感から、ゲーム人口の拡大に寄与したDS開発に繋がったことは前に書いた。

 “業界の常識”というものがあったとすれば、“据え置き型の仇は据え置き型でとる”かと思いきや、相談役に引いた山内溥から繰り返し“いままでと同じことをするな”、“ゲーム機は2画面にするべきや”と説かれ、宮本茂と2人で必死で2画面を活かしたタッチパネル搭載のアイデアをひねり出し、その思想がWiiに受け継がれたエピソードが本書に描かれている。

 既存の概念にとらわれずに、根源的にモノを考える能力を岩田は山内から継承したのだろう。

 岩田のWiiと久夛良木のプレイステーションはまったく行き方が違ったが、しかし、岩田がいかにも任天堂であったように、このころの久夛良木健は、いかにもソニーだった。

 昨年に開催された東京ゲームショウ2024では、久々に久夛良木健の基調講演を聞くことができた。そこで久夛良木は、プレイステーション発売当時のコンセプト「夢は次世代の新たなエンタテインメント領域の創造」と書かれたスライドを示した。
 そこにはTOY→VIDEO GAME→COMPUTER ENTERTAINMENTと書かれている。プレイステーションはゲーム機を目指すのではなく新たなドメインを開くものだったと説明した。

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 プレイステーションとはなにかを、当時の大賀典夫最高経営責任者にプレゼンテーションしたときに、大賀が敷いた路線であるソニー・ミュージックエンタテインメント、そしてソニー・ピクチャーズ エンタテインメントの延長にコンピュータエンタテインメントがあると説明したと、久夛良木はTGS2024で語った。だからプレイステーション2はCDで音楽が楽しめDVDで映像を楽しむことができた。プレイステーション3にはBlu-rayが付いた。PSPはゲームも音楽も映像も持ち出せる21世紀のウォークマンを謳った。

 岩田と久夛良木がさや当てを演じた直後、アメリカではスティーブ・ジョブズがiPadとiPhoneを世に問おうとしていた。

 初代iPhoneの発売が2007年で、iPadの発売は2010年だが、アイデアとしてはiPadが先で、それをもとにiPhoneが生まれたと、『スティーブ・ジョブズ』(ウォルター・アイザックソン、講談社、2011年)にある。

 2005年当時、カメラ付き携帯電話の影響で、カメラの売り上げは世界的に激減していた。そのころAppleではiPodの売り上げが絶好調だったが、音楽プレイヤーの機能を持つ携帯電話がほかから発売されるのは時間の問題と思われた。AppleはiPodの機能を搭載した携帯電話をいち早く発売する必要に迫られた。

 そこで、先行して開発を進めていたタブレット型PCのマルチタッチ機能付きディスプレイの技術を、携帯電話に搭載するというアイデアから生まれたのがiPhoneだった。当時ジョブズはiPadに思い入れがあって、2010年1月のサンフランシスコで行われたiPadの発表会の様子は、以下のように描かれている。

 「気軽なイメージを示すため、ジョブズは、座り心地がよさそうな革張りの椅子とサイドテーブルのところまでゆったりと歩くと・・・すっとiPadをすくいあげる。『ノートブックよりずっと気軽に使えるんだ』うれしそうにそう言うと、ニューヨークタイムズ紙のウェブサイトを見る、スコット・フォーストールやフィル・シラーに電子メールを送る『おーい、ついにiPad発表の瞬間がきたよ!』と。

 アルバムの写真を次々にめくる、カレンダーを使う、Googleマップでエッフェル塔にズームインする、ビデオクリップを見る・・・、iBooksの本棚を見る、音楽を再生する(iPhoneを発表したときにも使ったボブ・ディランの『ライク・ア・ローリングストーン』)と、様々な機能を次々と見せてゆく。『すごいだろう?』」

 iPadをすっとすくいあげられるかどうかがとてつもなく大事だったと、開発途中の説明に記されている。シンプルで気軽でフレンドリーに見せることに、とことんこだわった。

 このプレゼンテーションでジョブズは“テクノロジー”と“リベラルアーツ”の交差点という標識を使い、これができるのはAppleだけだと豪語した。難しい言い回しだが、あらゆるコンテンツや情報がこのタブレットで、しかもスマートに取得できると、見せたかったのだ。

 2008年にはApp store、iPad、iPhone向けのアプリケーションのダウンロードサービス、2010年には電子書籍サービスのiBooks(現・Apple Books)、2011年にはiCloudサービスを開始した。かくして音楽も書籍もアニメもゲームも、カレンダーやメールなどの便利ツールもすべてクラウドにおいて一瞬で同期できる時代が到来した。

 たった数年の間に起きたこれらのことをいささか恣意的に並べてみたが、この時代に起きたイノベーションはやっぱりすさまじく、いわゆるGAFAMを異次元の領域に押し上げた。

 「検索はGoogle、会議はTeamsやZoomが当たり前。Amazonで買い物をし、NetflixやYouTubeで好きな映画やドラマ、動画を見る――。こうしたサービスのほとんどは、海外のIT(情報技術)企業が提供している。ふだん意識することはないかもしれないが、使うたびにチャリンチャリンとお金が日本から海外に出て行く・・・巨大テック企業への支払いなどで生じるデジタル赤字は、2023年度に5.5兆円に達した。5年前の1.7倍・・・」(デジタル赤字、抜け出せず 日本は米テックの小作人、日経新聞2024年8月19日)

 などという記事が近年目立つ。

 Appleをはじめとする米テック企業の “デジタル小作人”に成り下がったと卑下するという見方は当然あるだろうけど、しかしこれらのプラットフォームのおかげで世界に市場が開き、日本のデジタル化されたアニメ、マンガ、ゲームなどのコンテンツが、それぞれの企業のIPを軸に融合しながら世界に発信できるようになったともいえるから、win-winなのかもしれない。

【毎週火曜/金曜夜に更新予定です】

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