連載コラム“おもちゃとゲームの100年史 創業者たちのエウレカと創業の地と時の謎”第42回
ぼくのいたKADOKAWAは、マンガ出版の歴史が浅く、大手のような分厚い伝統はなかった。ライセンス事業で潤うことは考えられず、アニメも事業のポートフォリオのひとつとして取り組まねばならなかった。つまり、ライセンスに留まらず、アニメの製作、ビデオパッケージ販売、アニメ配信事業などに積極的に参入した。
製作委員会においても、自社IPについては幹事を務めるようにした。やってみるとわかるが、幹事を務めることは、委員会の構成員に留まることとまったく利益が違った。いまのKADOKAWAの事業ポートフォリオのなかでアニメが重要な柱に育ったのは、角川書店時代から事業領域を徐々に拡大してきた歴史のたまものだった。
『バクマン。』で描かれた週刊少年マンガ誌の作家同士の競争関係は、当然雑誌同士の部数競争の反映で、マンガ大手出版社同士の雑誌部数競争の歴史はそれなりに面白いものだが、週刊マンガ誌編集者の絶対的な価値観は1に雑誌の部数、2にコミックスの販売部数で、そのコミックスさえ下請けに制作を任せていた。
ましてアニメ化は、雑誌、コミックスを売るための手段という位置づけで、自社マンガのアニメ化に際しては製作委員会には参加するものの出資も電波代も最小限に止めるのが、かつての原則だった。それだけ雑誌とコミックスの売り上げ、派生するライセンス料で潤っていた。出版業の枠から飛び出してアニメ事業に参戦しようという機運は大手にはなかった。
そういう大手3社も、出版不況を経て変わった。
『週刊東洋経済』は2024年7月13日号で“アニメ・エンタメ帝国の覇者 集英社、講談社、小学館の野望”という特集を組んで、その3社を“日本エンタメの殿上人”として紹介した。よく掘り下げた特集で興味深かった。そこから大手、とくに集英社と講談社には明らかな変化が見て取れる。
動画配信サービスの普及を背景に海外マーケットの拡大が著しいアニメ市場を牽引するのは“漫画原作アニメ”だとし、集英社『呪術廻戦』『鬼滅の刃』『SPY×FAMILY』、講談社『進撃の巨人』などの作品を例にあげ、出版社がマンガのアニメ化によってコミックスの売り上げだけでなく、原作使用料の1次利用、配信、商品化、ゲーム、音楽配信などの2次利用によって莫大な富を得ている状況を「マンガ・IPで出版社はこんなに儲かる」と図示して見せた。
たとえば集英社の2023年5月期の売り上げは2,096億8,400万円で、そのうち版権売り上げは27%にも相当し、売り上げ筆頭のデジタル33%に次ぐ規模だったことを紹介している。
出版不況下の集英社の2000年代から2010年代は、長期低迷時代で売り上げは1,100~1,300億円程度を行き来していた。紙の雑誌と広告、紙の書籍が全盛のデジタル前夜だった。
それが2019年ごろから上昇基調となり、2020年5月期は売り上げ1,529億円純利益209億円、2021年5月期は売り上げ2,010億円純利益457億円、2022年5月期は売り上げ1,952億円純利益269億円、そして2023年5月期は売り上げ2,097億円純利益159億円といった調子だ。
ここでは純利益率の高さに注目してもらいたい。デジタル主流となってコスト構造が劇的に変わった。ライセンスビジネスの利益率の高さも貢献した
『ドラゴンボール』『ONE PIECE』をはじめ上述のような超強力なIPがアニメ化され、デジタル配信などでグローバル市場に拡大しゲーム・カード・玩具などに商品化され、ライセンス料が拡大した。
出版社に訪れたイノベーションは、電子書籍に始まりスマホ上のマンガアプリ、SNS上での小説やイラストの投稿サービスなど、多くは海外や他の業界からの参入を許したが、集英社は電子マンガサービスの『少年ジャンプ+』を成功させた。2024年5月には縦スクロールマンガの独自のアプリ『ジャンプTOON』も立ち上がった。それにともない、デジタルの売り上げも積み上がった。
さらに特集では、集英社が総合エンタメ企業に脱皮するべく種まきをしていると伝えている。
➀2019年設立DeNAとの合弁によるアニメやゲーム、キャラクタービジネスの展開(集英社DeNA プロジェクツ)
➁2019年設立バンダイナムコホールディングスとの合弁による中国におけるグッズビジネスの展開(集英万夢)
➂2021年設立のアニメ配信事業(REMOW)
そして最大の目玉となるのが
➃2022年設立の集英社ゲームズ、などなど。
講談社も集英社と同様に、売り上げ1,100~1,200億円程度の長い低迷期を経て、2019年から上昇基調となり、2023年11月期には売り上げ1,720億円を達成した。
その中身も、デジタル比率が46%と極めて高く、近年進捗著しい版権売り上げは16%を占め、合わせると伝統的な紙の書籍・雑誌の売り上げ31%をはるかに超える比率となった。講談社も紙の時代から様変わりの事業内容となった。
デジタル比率46%という数字は、講談社の野間社長が日本電子書籍出版社協会の代表理事として、業界の指導的立場で電子書籍市場を先導した成果だ。マンガIPについても集英社同様『進撃の巨人』『東京卍リベンジャーズ』『ブルーロック』などの人気のあるマンガIP に恵まれ、自社Webコミック配信サイト『マガジンポケット』からも『WIND BREAKER』などの人気マンガが生まれている。
最近の講談社の業績について東洋経済2024年7月13日号の特集は、
「営業利益30億円以下で停滞してきた業績は、電子漫画やライツ(版権)収入の成長を受け、2010年代末から急拡大。21年11月期には同217億円と、けた違いの成績を記録し、足元でも100億円超の水準を維持している」 <br /><br /> と紹介している。集英社同様、紙からデジタルへのシフト、ライツ収入の成長が利益水準を押し上げた。<br /><br /> さらに、野間社長が“マンガ・IP事業へのシフト”に“全力で驀進中”で、組織的にマンガ部門とライツ部門を強化していることを伝える。社員を前に、<br /><br /> 「出版とは、データをパブリッシュすること。この定義に基づけば、作家が作った作品をゲームというメディアに乗せて、世界に届けることも出版だ」
と語ったことを紹介している。アニメについても年間制作されるアニメは30~40本で、製作委員会ではできるだけ幹事会社となるようにしている、との変化があるという。業界の盟主である講談社を知る人には、これは驚きで、“総合出版社”という看板を持ちつつ、“超出版社”に衣替えしようとしているらしい。
ここまで来て本連載コラムの読者は、バンダイの山科誠が1993年に脱玩具を掲げマルチメディアエンタテインメント企業に脱皮しようと、出版・映像事業・ゲーム事業に進出を試み、たくさんの挫折の先に今日のIP軸戦略に至るプロセスを、思い起こしてくれたのではないか。
あるいはいまのKADOKAWAの出版・アニメ・ゲーム・Webサービス・教育を事業ポートフォリオに持つ業態を想起するかもしれない。出自こそ違え、出版もアニメもそれからこのあと触れるゲームもおもちゃも、なにかしらIPを軸にしたエンタメ企業への脱皮を図ろうとしているように見える。
デジタルとネットの急速な発展が、業界の垣根を越えて相乗効果を生み出す環境が生まれたのだろう。
講談社と集英社の試みが成功するかどうかはわからない。“脱本業”は痛みをともなうから、トップが強烈な指導力を有する講談社に一日の長があるように思う。東洋経済の特集によれば、集英社はボトムアップ型の会社で、新規事業はすべて現場から上がったものだという。いまの経営陣には本業意識が強く、業態改革への動きは必ずしも全社的なムーブメントにはなっていないのだそうだ。
しかし集英社には超強力なIPがたくさんある。佐俣アンリ式にいえば、失敗してもイノベーションの最先端にいればピボットすればいいのだから、いつか成功するかもしれない。ぜひ頑張ってもらいたい。
製作委員会においても、自社IPについては幹事を務めるようにした。やってみるとわかるが、幹事を務めることは、委員会の構成員に留まることとまったく利益が違った。いまのKADOKAWAの事業ポートフォリオのなかでアニメが重要な柱に育ったのは、角川書店時代から事業領域を徐々に拡大してきた歴史のたまものだった。
『バクマン。』で描かれた週刊少年マンガ誌の作家同士の競争関係は、当然雑誌同士の部数競争の反映で、マンガ大手出版社同士の雑誌部数競争の歴史はそれなりに面白いものだが、週刊マンガ誌編集者の絶対的な価値観は1に雑誌の部数、2にコミックスの販売部数で、そのコミックスさえ下請けに制作を任せていた。
ましてアニメ化は、雑誌、コミックスを売るための手段という位置づけで、自社マンガのアニメ化に際しては製作委員会には参加するものの出資も電波代も最小限に止めるのが、かつての原則だった。それだけ雑誌とコミックスの売り上げ、派生するライセンス料で潤っていた。出版業の枠から飛び出してアニメ事業に参戦しようという機運は大手にはなかった。
そういう大手3社も、出版不況を経て変わった。
『週刊東洋経済』は2024年7月13日号で“アニメ・エンタメ帝国の覇者 集英社、講談社、小学館の野望”という特集を組んで、その3社を“日本エンタメの殿上人”として紹介した。よく掘り下げた特集で興味深かった。そこから大手、とくに集英社と講談社には明らかな変化が見て取れる。
動画配信サービスの普及を背景に海外マーケットの拡大が著しいアニメ市場を牽引するのは“漫画原作アニメ”だとし、集英社『呪術廻戦』『鬼滅の刃』『SPY×FAMILY』、講談社『進撃の巨人』などの作品を例にあげ、出版社がマンガのアニメ化によってコミックスの売り上げだけでなく、原作使用料の1次利用、配信、商品化、ゲーム、音楽配信などの2次利用によって莫大な富を得ている状況を「マンガ・IPで出版社はこんなに儲かる」と図示して見せた。
たとえば集英社の2023年5月期の売り上げは2,096億8,400万円で、そのうち版権売り上げは27%にも相当し、売り上げ筆頭のデジタル33%に次ぐ規模だったことを紹介している。
出版不況下の集英社の2000年代から2010年代は、長期低迷時代で売り上げは1,100~1,300億円程度を行き来していた。紙の雑誌と広告、紙の書籍が全盛のデジタル前夜だった。
それが2019年ごろから上昇基調となり、2020年5月期は売り上げ1,529億円純利益209億円、2021年5月期は売り上げ2,010億円純利益457億円、2022年5月期は売り上げ1,952億円純利益269億円、そして2023年5月期は売り上げ2,097億円純利益159億円といった調子だ。
ここでは純利益率の高さに注目してもらいたい。デジタル主流となってコスト構造が劇的に変わった。ライセンスビジネスの利益率の高さも貢献した
『ドラゴンボール』『ONE PIECE』をはじめ上述のような超強力なIPがアニメ化され、デジタル配信などでグローバル市場に拡大しゲーム・カード・玩具などに商品化され、ライセンス料が拡大した。
出版社に訪れたイノベーションは、電子書籍に始まりスマホ上のマンガアプリ、SNS上での小説やイラストの投稿サービスなど、多くは海外や他の業界からの参入を許したが、集英社は電子マンガサービスの『少年ジャンプ+』を成功させた。2024年5月には縦スクロールマンガの独自のアプリ『ジャンプTOON』も立ち上がった。それにともない、デジタルの売り上げも積み上がった。
さらに特集では、集英社が総合エンタメ企業に脱皮するべく種まきをしていると伝えている。
➀2019年設立DeNAとの合弁によるアニメやゲーム、キャラクタービジネスの展開(集英社DeNA プロジェクツ)
➁2019年設立バンダイナムコホールディングスとの合弁による中国におけるグッズビジネスの展開(集英万夢)
➂2021年設立のアニメ配信事業(REMOW)
そして最大の目玉となるのが
➃2022年設立の集英社ゲームズ、などなど。
講談社も集英社と同様に、売り上げ1,100~1,200億円程度の長い低迷期を経て、2019年から上昇基調となり、2023年11月期には売り上げ1,720億円を達成した。
その中身も、デジタル比率が46%と極めて高く、近年進捗著しい版権売り上げは16%を占め、合わせると伝統的な紙の書籍・雑誌の売り上げ31%をはるかに超える比率となった。講談社も紙の時代から様変わりの事業内容となった。
デジタル比率46%という数字は、講談社の野間社長が日本電子書籍出版社協会の代表理事として、業界の指導的立場で電子書籍市場を先導した成果だ。マンガIPについても集英社同様『進撃の巨人』『東京卍リベンジャーズ』『ブルーロック』などの人気のあるマンガIP に恵まれ、自社Webコミック配信サイト『マガジンポケット』からも『WIND BREAKER』などの人気マンガが生まれている。
最近の講談社の業績について東洋経済2024年7月13日号の特集は、
「営業利益30億円以下で停滞してきた業績は、電子漫画やライツ(版権)収入の成長を受け、2010年代末から急拡大。21年11月期には同217億円と、けた違いの成績を記録し、足元でも100億円超の水準を維持している」 <br /><br /> と紹介している。集英社同様、紙からデジタルへのシフト、ライツ収入の成長が利益水準を押し上げた。<br /><br /> さらに、野間社長が“マンガ・IP事業へのシフト”に“全力で驀進中”で、組織的にマンガ部門とライツ部門を強化していることを伝える。社員を前に、<br /><br /> 「出版とは、データをパブリッシュすること。この定義に基づけば、作家が作った作品をゲームというメディアに乗せて、世界に届けることも出版だ」
と語ったことを紹介している。アニメについても年間制作されるアニメは30~40本で、製作委員会ではできるだけ幹事会社となるようにしている、との変化があるという。業界の盟主である講談社を知る人には、これは驚きで、“総合出版社”という看板を持ちつつ、“超出版社”に衣替えしようとしているらしい。
ここまで来て本連載コラムの読者は、バンダイの山科誠が1993年に脱玩具を掲げマルチメディアエンタテインメント企業に脱皮しようと、出版・映像事業・ゲーム事業に進出を試み、たくさんの挫折の先に今日のIP軸戦略に至るプロセスを、思い起こしてくれたのではないか。
あるいはいまのKADOKAWAの出版・アニメ・ゲーム・Webサービス・教育を事業ポートフォリオに持つ業態を想起するかもしれない。出自こそ違え、出版もアニメもそれからこのあと触れるゲームもおもちゃも、なにかしらIPを軸にしたエンタメ企業への脱皮を図ろうとしているように見える。
デジタルとネットの急速な発展が、業界の垣根を越えて相乗効果を生み出す環境が生まれたのだろう。
講談社と集英社の試みが成功するかどうかはわからない。“脱本業”は痛みをともなうから、トップが強烈な指導力を有する講談社に一日の長があるように思う。東洋経済の特集によれば、集英社はボトムアップ型の会社で、新規事業はすべて現場から上がったものだという。いまの経営陣には本業意識が強く、業態改革への動きは必ずしも全社的なムーブメントにはなっていないのだそうだ。
しかし集英社には超強力なIPがたくさんある。佐俣アンリ式にいえば、失敗してもイノベーションの最先端にいればピボットすればいいのだから、いつか成功するかもしれない。ぜひ頑張ってもらいたい。