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『機動戦士ガンダム サンダーボルト』戦争の狂気に呑まれた2人の主人公の対決が魅力のハードな作品。アニメ視聴後は原作もオススメしたい【米澤崇史のガンダム、次に何見る?】

文:米澤崇史

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 ガンダムシリーズファンのライター・米澤崇史がオススメのガンダム作品を紹介する連載【米澤崇史のガンダム、次に何見る?】。第4回は『機動戦士ガンダム サンダーボルト』を紹介します。

※記事内では、原作コミックを含む『機動戦士ガンダム サンダーボルト』のネタバレに関する記述がありますのでご注意ください。[IMAGE]

『機動戦士ガンダム サンダーボルト』とは?


 『機動戦士ガンダム サンダーボルト』は、雑誌『ビッグコミックスペリオール』で、2012~2025年まで連載されていた、太田垣康男先生によるガンダムシリーズの漫画作品。2025年9月26日に最終話が掲載され、13年の連載に幕を閉じました。


 2015~2017年にかけて、全8話のOVAとしてアニメ化もされており、劇場版として再編集した『機動戦士ガンダム サンダーボルト DECEMBER SKY』 、及び『機動戦士ガンダム サンダーボルト BANDIT FLOWER』も、公開されています。

 アニメだけではなく、非常に多くの漫画作品が作られているガンダムシリーズですが、実は漫画原作のガンダム作品が映像化された例は非常に少ないです。ガンダム漫画の中でもとくに高い人気を集めている作品でもあります。


 また、『サンダーボルト』はガンダムシリーズの中でも結構位置づけが特殊な作品でもあります。

 というのも、ガンダムシリーズは『機動戦士ガンダム』から始まった歴史を共有する宇宙世紀シリーズと、作品独自の世界観を舞台とするオルタナティブシリーズの2つに大まかに分けられるのですが、『サンダーボルト』はそのどちらにも該当しません。

 宇宙世紀における連邦とジオンの戦いである“一年戦争”を描いた作品ではありながらも、『機動戦士ガンダム』の宇宙世紀とは異なる歴史を辿っています(“アナザー宇宙世紀”と呼ばれたりもしています)。

 『機動戦士ガンダム』とは、パラレルワールド的な関係性となっており、その点はジオンが勝利をするIF展開を描いた『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』に近い位置づけの作品と言えます。

 ただ、『ジークアクス』には『機動戦士ガンダム』のキャラクターが多数登場しており、結びつきがかなり密接なのに対し、『サンダーボルト』は基本的な世界観設定とモビルスーツ以外はほぼオリジナルなので、より独自性が強いパラレル作品となっています。

 ジムやザクといったおなじみのモビルスーツも登場しますが、見た目が『機動戦士ガンダム』と異なるのは、そもそも別の世界観だからというのが理由になっています。

どちらも“正義”には見えない二人の主人公【機動戦士ガンダム サンダーボルト】


 そんな『サンダーボルト』ですが、とくにその魅力といえるのが非常にアクの強いキャラクターと、容赦のないストーリー展開。中でもそれが顕著なのが、イオ・フレミングとダリル・ローレンツの二人の主人公です。

 物語は一年戦争の末期からスタートし、ア・バオア・クーに繋がる補給路である“サンダーボルト宙域”を巡っての戦いが展開。連邦のムーア同胞団に属するイオと、ジオンのリビング・デッド師団に属するダリルは、何度も戦場で激突することになります。

 イオは、ジオンとの戦いで壊滅的な被害を被ったサイド4“ムーア”の生き残りで、最新鋭MS“フルアーマー・ガンダム”に乗るエースパイロット。ジャズをこよなく愛し、戦闘中にはラジオ放送を受信したり、録音テープを大音量で流すことで、ジオンにもその存在が知れ渡っています。


 イオは一応、連邦サイドの主人公とも言える立ち位置のキャラクターなのですが、ガンダムの主人公らしからぬ性格をしています。

 戦場でモビルスーツを操縦することに快感に近い感情を得ていて、戦うことが好きであることも公言したり、『機動戦士Zガンダム』のヤザン・ゲーブルにも通じる、“戦争中毒”とも思えるような言動をとっています。

 しかもその戦闘スタイルはなかなかに残虐。冒頭で撃墜された際には敵パイロットを躊躇なく殺してリック・ドムを奪ったり、アニメではダリルの狙撃を防ぐために、半壊したザクを盾にした上で最終的に目くらましのために爆破したりと、とにかく容赦がありません。

 どちらかというと悪役寄りな造形のキャラであり、おそらく物語序盤はイオに対していい印象を持つ人は少ないはず。ただ物語が進むにつれてイオ自身が成長し、過去も明らかになるのに従って、どんどん感情移入しやすくなっていき、印象がガラリと変わります。

 一方のダリルは、義手・義足のパイロットで構成されるリビング・デッド師団きってのスナイパー。ダリル自身も両足が義足ですが、その腕前はイオですら撃墜するほどで、連邦にフルアーマー・ガンダムが配備されるまでサンダーボルト宙域の戦いがジオン優勢だったのは、ダリルの存在が大きいと思われます。


 ダリル本人は温厚で物静かな好青年といった人柄で、イオと同じく音楽好きですが、ダリルはポップス(中でもベタなラブソング)を好み、イオからは「音楽の趣味は平凡だな!」と評されるなど、趣味も含めて普通の人に近い感性の持ち主です。

 そんなダリルは、フルアーマー・ガンダムの登場によって連邦側に傾いた戦局を打開するため、新型の実験用のMSである“サイコ・ザク”のパイロットに選ばれてしまいます。

 このサイコ・ザク、ガンダムシリーズの中でも屈指の闇が深いMSでして……義手・義足とモビルスーツの動きを直接リンクさせて操縦性を高めるための“リユース・P・デバイス”というシステムが搭載されているんですが、性能をフル発揮するにはパイロットの四肢がすべて義手・義足でなければいけません。

 結果、“リユース・P・デバイス”への同調率を高めるため、ダリルは唯一残っていた右腕を切り落として義手へと変えられることになります。“リユース・P・デバイス”の開発者でもあるカーラ・ミッチャムが、望まぬ形でダリルの残った右腕を手術で切断するシーンの描写は実にえげつないです。

 仲間想いでもあったダリルは、リビング・デッド師団の仲間たちを守り、フルアーマー・ガンダムに対抗する力を手に入れるためにそれを受け入れるのですが、生身以上に自由に扱える“力”を手に入れてしまったことで、戦争の狂気へと呑まれていきます。ダリルもイオと同じく、序盤と終盤で印象が大きく変わってくるキャラクターです。

 戦いが好きだと公言し、勝つためには手段も問わないイオと、表向きは仲間のために戦いながらも、内心ではサイコ・ザクの力に魅了されていくダリル。

 多くのガンダムシリーズで共通する魅力として、主人公側にも敵側にもそれぞれ正義がある点がよく挙げられるんですが、『サンダーボルト』に関しては、むしろどちらも正義に見えない……という方が近いかもしれません。


 戦争という極限状況において、正気と狂気の狭間でもがきながらも前に進もうとする様が描かれていて、ガンダムシリーズの中でもとくにハードなストーリー展開が見どころとなっています。

※この先はアニメ化されていない、原作中盤までのネタバレを含みますので、原作未読の方はとくにご注意ください。

イオへの感情移入度が一気に高まる原作中盤以降の展開。アニメだけで満足するのはもったいない!【機動戦士ガンダム サンダーボルト】


 ガンダムシリーズファンでも、『サンダーボルト』は映像化された範囲しか知らない……って人は少なくないかと思います。ちょうど完結したタイミングでもありますし、アニメで面白いと思った方は、是非とも原作漫画も読んでいただきたいなと。


 というのも、記事執筆時点で、原作コミックは現在26巻まで発売されているのですが(残り2巻が発売予定)、アニメで描かれたのは5巻の途中までとなっています。

 アニメは戦闘シーンの作画も素晴らしく、原作から補完されている部分もあって文句なしの映像化なので、まずはそちらから見ていただいて問題ないんですが、アニメの範囲だけで満足してしまうのは本当にもったいない……!

 全28巻中の5巻って、2クールアニメに換算したら、だいたい3~4話くらいですからね。まだ本当に序盤のストーリーなんです。

 個人的な感覚なんですが、『サンダーボルト』が特に面白くなってきたと感じたのが、一年戦争終結後、ジオンに代わる新たな連邦との対立勢力として登場する“南洋同盟”との戦いが本格化する物語中盤(だいたい10巻を過ぎたあたり)からでして、そこから怒涛の展開がずっと続きっぱなしになります。

 とくにファンの間で語り草になっているのが、イオがとにかく悲惨な目に遭うこと。

 イオには、クローディア・ペールとコーネリアス・カカという、ムーアが平和だった頃からの幼馴染がおり、サンダーボルト宙域の戦いではムーア同胞団として共に戦っていたんですが、クローディアは戦闘中にMIAとなってしまっていました。

 しかし、実はクローディアは南洋同盟に保護され、その信徒となって生き残っており、イオの敵として再登場することになります。

 ガンダムシリーズでは、だいたいこういうパターンは敵組織による記憶操作や洗脳が入っていたりするんですが、クローディアの場合はそうではなく、完全な自らの意志で連邦と敵対しています(ある意味では洗脳と言えなくもないですが)。

 それでもイオはクローディアを取り戻そうと奮闘するものの、クローディアの決意は固く説得は失敗。最終的に、イオは戦闘中クローディアが乗ったMSを誤って撃墜してしまい、大切な存在を自らの手で殺めてしまいます。


 イオはこの時のショックで廃人になりかけるのですが、そこに追い打ちをかけるように、もう一人の幼馴染であるコーネリアスが南洋同盟のスパイだったことが判明。コーネリアスが密命を受けて、自身を殺そうとしていた裏切りを知ったイオは、今度は自らの意思でコーネリアスを手にかけます。

 このあたり展開は、大切な存在を立て続けに自分の手で失うイオがあまりにかわいそうで同情してしまうんですが、これで一度ドン底まで落ちたからこそ、主人公らしい成長が本格的にスタートして、ここから一気にイオの株が急上昇していきます。

 一方、ニュータイプとして目覚め始めたダリルは最強のパイロットへとなっていく一方、南洋同盟の信徒としておかしな方向に走り始めて、イオと対照的な道を歩み始めます。感情移入の対象がイオに変わっていく中、ダリルはどんどん人間性を捨てて強さを増していっていて、対象的な道を歩く二人の主人公の物語が非常に面白いです。

 『Zガンダム』など後の宇宙世紀作品に繋がらないパラレルだからこその驚きの展開も多数盛り込まれていて、話が進むにつれスケールもどんどん大きくなっていくのも見どころです。

 あとは本当に絵が素晴らしく、細部に至るメカや世界観の表現が凄まじいです。太田垣先生は、元々圧倒的な描き込みに定評のある方ですが、『サンダーボルト』においてもいかんなく発揮されています。

 連載中に腱鞘炎の悪化により休載、画風の変更を余儀なくされる逆風もありつつ、最終的にはかなりハイレベルな作画まで戻されています。あのあたりの流れをリアルタイムで見てきていたのもあって、このクオリティで完結させてくれたことにまず感動があります。


 とはいえ、やはり音と映像、声の力というのも大きいので、原作の残りの範囲もアニメでも見たいところではあるのですが、あまりにもボリュームがあるので、『機動戦士ガンダムUC』みたいに全部アニメになるのを待つ……というのはちょっと現実的ではないのかなと。

 なので、ここは続きは原作で楽しんでいただければと思います。一度読み始めると、とくに中盤以降はもう手が止まらなくなること請け合いです。

【米澤崇史のガンダム、次に何見る?】バックナンバー(第1~3回)


米澤崇史:ロボットアニメとRPG、ギャルゲーを愛するゲームライター。幼少期の勇者シリーズとSDガンダムとの出会いをきっかけに、ロボットアニメにのめり込む。今もっとも欲しいものは、プラモデルとフィギュアを飾るための専用のスペース。

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